吃音(きつおん)とは、自分の思うようにスムーズに話せないことです。そして、スムーズに話せないことを本人や周囲がネガティヴに捉えてしまうために、コミュニケーション行動に困難が生じてしまう可能性があります。(1-4)
「吃(ども)る」は、一般的には「おおおおはよう」のような「繰り返し」がイメージされがちですが、この他にも「おーーはよう」のような「引き伸ばし」や、そもそも声が出てこない「……おはよう」というような「ブロック」(難発)があります。また、主にブロックが生じている際には、顔面や手足に緊張が起きたり、無意識に苦しそうに動かしてしまう「随伴症状」が見られます。(5-6)
吃音は概ね人口の5%(20人に1人)に発症(7-9)し、そのうち約2割が就学後も症状が持続するとされています。そのため、吃音の有症率は1%(100人に1人)と推計されています。(7-9)
95%が5歳までの幼少期に発症(7)し、最初は繰り返しや引き伸ばしが中心で、症状が激しくなったり、穏やかになったりを繰り返す「波」と呼ばれる現象が見られますが、本人の吃音に対する自覚はあまり明確ではありません(第一層)。就学後はブロックが頻繁に生じるようになることで吃音に対する気づきが徐々に強まり、症状も慢性化してきますが、この時点では必ずしもネガティヴな感情(否定的価値観)を抱いているわけではないようです(第二層)。様子が変わるのは小学校高学年頃で、主に自意識の変化やからかいなど周囲の反応に起因して、吃音を「劣ったもの、恥ずかしいもの」と認識するに至ることで、吃音を隠そうとする工夫(*A)や発話回避(*B)が見られるようになります(第三層)。そして、人によっては思春期に入ると深刻な悩みとなり、場面回避(そもそも話す場面に出向こうとしないこと)が生じてしまう結果、様々な「生きづらさ」につながりかねない可能性が指摘されています(第四層)。(5)
*A 吃らないように「あのー、えーと」などの空語句を多用して、スムーズに話し出すタイミングを探ったり、話す時に手足で調子を取るなど。
*B 吃りやすい言葉を言い換えたり、授業中に当てられて、答えが分かっていても「分かりません」と言ってしまったりするなど。
吃音の原因や発生メカニズムについてはこれまで多くの研究が行なわれており(10)、様々な言語療法や心理療法が試みられてきました。(5,11-14)しかし、原因は未だに明らかではなく、全ての人の吃音を完全に治癒させられるほどの効果が確認されている治療方法は未だありません。
そこで、私たちは「吃音を治す」のではなく、「吃音があっても、豊かに生きる」という道を歩み始めました。
そもそも、「吃る」こと自体は、ただの「話し方」の特徴であり、それだけを以って、能力や、ましてや人間としての優劣が決まるわけでないことは言うまでもありません。しかし、工夫や回避などを通して吃音は隠すことができるので、100人に1人という有症率にも関わらず、自分以外の「吃る人」と出会うことは非常に少ないのが現実です。そのため、一人だけで悩みを抱えている人が少なくありません。スムーズに話せないことによる困難をたった一人で背負い、その孤独の中で次第に「吃音は劣ったもの、恥ずかしいもの」と思い込んでしまっている人も多いのではないでしょうか。そして、いずれ「自分は劣った存在、恥ずかしい存在」という誤った自意識に陥っていくことにもなりかねません。
私たちセルフヘルプグループの活動の中心は、参加者がお互いに体験を話し合う「分かち合い」です。この「分かち合い」を通じて、次第に「自分は一人ではない」という事実に気づき、さらには様々な活動の中で、「吃音のある自分」が、そのまま、ありのままでも既に他者や社会に良い影響を与える力を持っていることを実感することができるようになることで、「劣ったもの、恥ずかしいもの」という自意識が前向きに変化していくこと(エンパワメント)こそが、セルフヘルプのダイナミズムなのです。
監修:飯村大智(筑波大学)
(1) Crichton-Smith, I. (2002). Communicating in the real world: Accounts from people who stammer. Journal of Fluency Disorders. 27, 333-352.
(2) Erickson, S., & Block, S. (2013). The social and communication impact of stuttering on adolescents and their families, Journal of Fluency Disorders, 38, 311-324.
(3) 飯村大智.(2016).吃音者の就労問題と関連要因について.コミュニケーション障害学,33(3), 121-134.
(4) Klein, J.F. and Hood, S.B. (2004). The impact of stuttering on employment opportunities and job performance. Journal of Fluency Disorders. 29, 255-273.
(5) Guitar, B. (2018). Stuttering: An integrated approach to its nature and treatment. 5th ed., Lippincott Williams & Wilkins.
(6) 小澤恵美・原由紀・鈴木夏枝・森山晴之・大橋由紀江・ 餅田亜希子・坂田善政・酒井奈緒美. (2016). 吃音検査法第2版.学苑社,東京.
(7) Yairi, E., & Ambrose, N. (2013). Epidemiology of stuttering: 21st century advances. Journal of fluency disorders, 38(2), 66-87.
(8) Månsson, H. (2000). Childhood stuttering: Incidence and development. Journal of fluency disorders, 25(1), 47-57.
(9) 酒井奈緒美.(2019).AMED研究報告 日本における幼児吃音の疫学:2年間のコホート調査の報告.日本吃音・流暢性障害学会第7回大会抄録集,p46.
(10) Bloodstein, O., and Ratner, N.B. (2008). A Handbook on Stuttering. 6th ed. New York: Thomson-Delmer.
(11) Chu, S. Y., Sakai, N., & Mori, K. (2014). An overview of managing stuttering in Japan. American journal of speech-language pathology, 23(4), 742-752.
(12) Menzies, R. G., O’Brian, S., Onslow, M., Packman, A., St Clare, T., & Block, S. (2008). An experimental clinical trial of a cognitive-behavior therapy package for chronic stuttering. Journal of Speech, Language, and Hearing Research.
(13) de Sonneville-Koedoot, C., Stolk, E., Rietveld, T., & Franken, M. C. (2015). Direct versus indirect treatment for preschool children who stutter: The RESTART randomized trial. PloS one, 10(7), e0133758.
(14) 坂田善政. (2015). 成人吃音の臨床. 言語聴覚研究, 12(1), 3-10.